6.ユダヤ人はなぜ嫌われるのか。
映画「ハリーポッター」に出てくるゴブリンと、そのゴブリンが働く銀行の雰囲気が、どうしてもユダヤ人人を連想してしまう。ゴブリンそのものは広くヨーロッパに伝わる伝説上の小悪魔ではあるが、それをハリーポッターではグリンゴッツ魔法銀行の銀行員として登場させている。かのシェイクスピアでさえ「ベニスの商人」にユダヤ人を連想させる敵役シャイロック登場させている。それはシェイクスピア自身が反ユダヤ主義であったかどうかというより、劇作家として16世紀のイギリスの風潮を意識してウケを狙ったものだとだろう。
わたしはブラジル時代、ユダヤ系の友人とも交流があったが、義理堅く穏やかな人々で、風貌もゴブリンやシャイロックには似ても似つかぬものだった。言われてみれば白人よりは肌の色が少し我々東洋人に近いかなというくらいで、一緒に英語を習っていた中学生の少女は人懐こく可愛かった。
リオ・デ・ジャネイロのような物騒な街に住むときは、シナゴーグのある街路のできることならユダヤ人がオーナーのアパート(賃貸マンション)を選んで住んでいた。ブラジルではその方が治安が良く、自然環境の変化にも強くて安全だからであり、街中でもしょっちゅう停電や断水が起こる街でも、それに対する対策が建物自体に施されていて安心だからである。
わたしの友人たちは時に固まってコミュニティーを作っている風はなく、金鉱山やダイヤモンド鉱山を経営していたり、ドルの交換所をやっていたりで、確かに一般的にユダヤ人がやると言われている仕事をしていたが、誰とでも気持ちよく交際していたし、家族の仲も和やかな印象だった。流石に自宅や事務所のセキュリティーは飛び抜けて厳重で、これが内なるゲットーかと感じてはいたが、ブラジルという物騒な国に暮らしている以上、むしろ日系人の無防備さの方が気になったくらいである。もっともユダヤ人にとって日本人も日本という国も世界中で最もシンパシーのある国だそうだ。それは日本がキリスト教国ではないからであり、ヨーロッパや地中海世界から遠い国だからとも言えるかも知れない。
ブラジルにはポルトガルから多くのコンベルソ(ユダヤ教から強制的に改宗させられた新しいキリスト教受洗者たち=改宗キリスト教徒)が差別や迫害を逃れて移住している。長い間に混血して、今では容姿に判別できるものはない。唯一、ポルトガルやスペインでユダヤ教からキリスト教へ改宗した時、急拵えのファミリーネームを作ったため、そのファミリーネームからコンベルソの末裔かどうかが痕跡的にわかる程度である。それさえ、日本的に言えば山や石、木などに由来する苗字と言った感じで、今では多くのブラジル人にとって違和感はなにもない。
コンベルソと言えば、ルイス・デ・アルメイダがコンベルソであり、かのフランシスコ・ザビエルがポルトガル王のゴア(現インド)やマラッカ(現マレーシア)で異端審問所を設けるよう命を受けていたため、アルメイダの活動を認めようとしなかったことを思い出してしまう。ポルトガルではコンベルソを豚(マラーノ)と呼んで差別と迫害の対象にしていたのだ。イベリア半島におけるレコンキスタ運動が成功裏に終わって、半島からイスラム勢力を駆逐した途端に、今度はユダヤ人排斥が始まったことも、地球の裏側の住人であるわたしたちの理解できる事ではない。
古代ローマ帝国に対するする数次の反乱の末、国そのものを破壊されディアスボラとなって、地中海世界に散らばっていった後も、ローマがキリスト教を国境とするまでは、特に迫害を受けていた証拠はない。ローマのキリスト教化以後もその共存関係は一貫していた。ユダヤ人への迫害は第一次十字軍の編成とエルサレムへの侵攻以後に始まったとわたしは考えているが、それさえも、ではなぜ対イスラム勢力とのエルサレム争奪戦の最中に、反ユダヤキャンペーンが広まったのか、未だに腑に落ちてはいない。
「キリストを殺したのはユダヤ人」だからとはよく聞く話である。確かにユダヤ人排斥はキリスト教国特有のものに見える。「使徒(弟子)でありながらキリストを密告し捕縛させたのはユダ族のユダであり、だからユダヤ人は罰せられるべきである」と言うのだ。しかし、聖書や福音書の記述によるものでは、キリストははっきりとユダが裏切ると明言し、ほかの使徒たちの目の前で「わたしがその口にパンを与えるものがその裏切り者だ」と言いつつ、ユダを自由に密告に行かせている。
また、神が全知全能であるのだからユダが裏切ることは分かっていたことである。神の意志でそれを阻止することもできたはずだろう。ユダは自らの意志で裏切ったというより神の意志に従ったのだというキリスト教もいる。ユダが密告してキリストが十字架の苦難を受け入れたからこそ、キリストの「復活の奇跡」も具現できたとも言えるのだ。現にユダの名前を冠した教会もたくさん存在している。
聖書に出てくるユダ(イスカリオテのユダ)のエピソードだけで、ユダヤ人の受けた苦難の理由とするには、わたしは合点がいかない。古代ローマ帝国がキリスト教化する前の多神教国家時代に一神教であるがゆえに反旗を翻し、遂には国そのものを消滅させるに至ったユダヤ人が主とし地中海世界から東欧、中東の東部に離散してディアスボラになったことは知られていることではあるが、それよりもユダヤ人の離散より千年以上も後にヨーロッパ社会に登場するロマ・ジプシー以上に警戒され、嫌悪され迫害を受けたこと自体、わたしの理解を超えている。
もちろん、十字軍の遠征やレコンキスタ運動のように宗教としてのキリスト教が高揚した時期に、ユダ人排撃、反ユダヤ主義も嵩じていることは見逃せない事象である。また、キリスト教の最高指導者である法王の権力が絶頂期にあって暗黒時代とも考えられていた中世では「ポグロム」によってユダヤ人に対する集団的な暴力や殺戮が行われている。しかもそれはしばしば政府によって黙認され、あるいは助長されていた。同時代に起ったペスト菌によるパンデミックでさえ、ユダヤ人の陰謀によるものだというキャンペーンが宗教者によって行われていたという事実も残っている。
ルネサンス期に入ってもユダヤ人への迫害はむしろ激しくなっていた。それはキリスト教会が価値観の多様化や文化の再興運動によって圧迫されるようになって、捌け口を少数異教徒であるユダヤ教徒に向けていたからだと思われる。それでも同根の宗教を共有するユダヤ教徒を排撃しようというモティベーションには、宗教的な衝動だけでないものが潜んでいるのではないだろうか。
その一つが貴族でもない市政の一般市民であるはずのユダヤ教徒に、当時のキリスト教徒のコンプレックスを感じさせるほどの裕福層がいたことがある。什一税の送金の仕組みなどを発達させてきた経験から、ユダヤ人は金融業に長けた人が多くいて、それが「ベニスの商人」登場する高利貸しシャイロックに象徴されるように、自然と憎しみを買いやすかったのだ。
しかし、時の為政者が反ユダヤ人キャンペーンを張り易かった最も大きい理由は強固なユダヤ人コミュニティーの存在そのものであり、そのコミュニティーが比較的小さかったということではないだろうか。キリストを裏切って死に至らしめたユダの末裔であること。金融業と言う生産性の感じられない職業に就くものが多かったこと、高利貸しなど恨みを買いやすかったこと等々が複合的に重なって、市民は権力者の意図的なナラティブとプロパガンダに容易に乗りやすく、それが何度も重ねられるうちに暴力的な反感に積み重ねとなって行ったのではないか。為政者にとっても政治への不満を逸らすためには、少数の異質なコミュニティーほど憎悪の火をつけやすい対象だったということだ。
大正期の関東大震災の際に多くの半島出身者があらぬ疑いをかけられて虐殺されたこと、中には方言が分かりにくかったというだけで集団虐殺された日本人の行商集団もいたことと同列に考えれば、普通の市民でもある環境下に置かれ、ある底意のある指嗾と誘導によって容易に暴力集団化するということを、我々日本人も改めて、ユダヤ人の身の上に重ねて常に思い返さなくてはならないと改めて考えている。